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グラミー賞×丸屋九兵衛

[ 2013.2.07 ] 実体験を歌に。世界が恋する『America's sweetheart』テイラー・スウィフト

テイラー・スウィフト
カントリー歌手でありながら
女優もこなすテイラー・スウィフト

80年代から90年代のアメリカで、メタル・バンドによるバラードが大ヒットする傾向にあったのは、カントリーというマーケットのおかげだという。
たとえば、LAメタル系のポイズンによる“Every Rose Has Its Thorn”。あるいは「ファンク・メタル」を標榜したエクストリームの“More Than Words”。どちらもアコースティック・ギターをフィーチャーしたメロディアスなバラードで、歌詞も真摯。ラジオでのエアプレイとジャケットなし(←これが肝心だ!)のアナログ7インチという形態であれば、「メタル・バンド」という素性がわからない。それに騙されて(?)カントリー・ファンも買ってしまったことで、大ヒットに至ったらしい。それほどにカントリーの市場とは巨大だということだが、しかし、ここ日本からは今ひとつそれが実感しにくい。
いや、「実感しにくかった」というべきだろうか。今はテイラー・スウィフトがいるのだから。

テイラー・スウィフトは、1989年12月生まれ、現在23歳。アメリカ北東部のペンシルヴァニア州の出身ということは、それほど「カントリ〜」な土地柄ではなかったのだろうが、祖母がシンガーという家庭環境にも影響されて歌手になることを決意し、しかも目指すジャンルがカントリーだった、というわけだ。
「カントリといえばテネシー州ナッシュヴィル!」ということで、12歳の頃からはナッシュヴィル通いを始め(おい、けっこう遠いぞ!)、さらに14歳の時には家族揃ってナッシュヴィルに移住。早熟の天才だったことも事実だろうが、そんなテイラーの才能に賭けてしまう家族のみなさんの思い切りの良さにも感心せざるを得ない、そんなテイラー家の歴史でした。

2006年に出したセルフ・タイトルのデビュー・アルバムから大ヒット。同作を含む過去のアルバム4作は全て、本国アメリカのみで数百万セールスを記録している(最高で600万超)。音楽不況が本格化して以降の2006年にデビューしたアーティストとしては、驚異的な数字ではないか。

おまけに、カントリー・シンガーとしては例外的に国外でのヒットも記録。デビュー作こそ世界セールスと米国セールスがほぼイコールだったものの、最新作『Red』は世界セールスに占める米国セールスの割合が60%ほど。つまり、善くも悪くも自給自足(アメリカ以外で聴かれることが少ない)的な傾向があったカントリーの世界にあって、珍しくも相当な外需を見込めるアーティストとなっている(それもあって、彼女はカントリー/ポップとくくられることが多い)。

また、実体験に基づくものが圧倒的に多いその歌詞世界は、一見すると普遍的ではない。だから、ある意味でカントリーらしくない。だが、その歌詞は最大公約数・定型句的歌詞よりも、ずっと胸を打つ。なんといっても実話なのだから。
いろいろな面でカントリーの世界を変えつつある存在なのだ。「America's sweetheart」と呼ばれるのも納得なのである。

Frank Ocean フランク・オーシャン グラミー賞

そんなテイラー・スウィフトを、カントリー界の旗手という存在すら超えた「メインストリーム・セレブリティ」としたのは……皮肉なことに、とある事件だった。 そう、「カニエ・ウェスト乱入事件」である。

2009年9月。MTV Video Music Awardsにて、最優秀女性アーティスト・ビデオ賞を獲得したテイラーの受賞スピーチ中に、カニエ・ウェストが突如壇上に乱入。カニエは「この賞はビヨンセがとるべきだ〜」などブチ上げたのだ。とんでもないハプニング!
この反響は大きく、さすがのカニエも反省したらしい。彼はテイラーに対して個人的に詫びを入れ、その真摯さに心打たれたテイラーはカニエを許したいう。 さらに、テイラーはカニエがデザインした服を着用して雑誌に登場。これはこれで、韓信(元祖・国士無双。紀元前196年没)のように、「自分の度量の大きさを見せつけることが最善の方法である」という哲学なのかもなあ。

ただし。公式には「テイラーはカニエの謝罪を受け入れた」とされているが、「実は、しつこいくらい長い自己憐憫&謝罪ツイートに業を煮やした」という噂もあるので、やっぱり予断を許さない今回のグラミーなのだった。

文:丸屋九兵衛(bmr)

丸屋九兵衛

丸屋九兵衛

19××年、京都府生まれ。牡羊座、血液型不明。バカ田大学第一文学部哲学科人文専修に入り、5年かけて卒業。専攻は文化人類学もどき、卒業論文のテーマはヴードゥー教。その後、ちょっぴりイリーガルな商売を経て、94年10月20日に老舗ブラックミュージック雑誌『bmr』編集部に職を得る。ウソ八百な終業条件にもメゲず「惰性は力なり」を貫き、居座り続けて10ウン年。雑誌を経て、現在は同ウェブサイトの編集長を務めている。ラジオやトークイベントへの出演も多数。執筆家として他ジャンルへの進出も積極的で、得意分野はSF。

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