チェット・ベイカー(Chesney Henry Baker, Jr.)は1929年12月23日、オクラホマ州イェール(Yale)に生まれました。トランペットを始めたのは13歳。16歳でアーミー・バンドに入り派遣先のドイツでジャズに出会います。1952年、53年にはチャーリー・パーカー、ジェリー・マリガン等のバンドに参加しトランペッターとしての名声を高めました。彼独特の優しい音色と叙情的な表現は50年代を席巻したクール・ジャズの代表的なスタイルとして注目を浴びます。また、1954年に発表した「チェット・ベイカー・シングスChet Baker Sings」におけるその中性的で哀愁を帯びた彼の歌声が人気を呼び、収録曲の“マイ・ファニー・ヴァレンタイン”は彼の代表曲となりました。その後は自身のバンドで活躍しますが、演奏活動の合間に麻薬に手を染め、トラブルを繰り返すうちに演奏家としての前途を見失います。
晩年はそんな破滅的な生活にあってもジャズ・マンとしての姿勢を貫く彼の演奏を称えるファンの多いヨーロッパに拠点を置きました。そして、1988年5月13日、アムステルダムのホテルの窓からの謎の転落事故によりその生涯を終えています。
スタン・ゲッツ(Stan Getz: Originally Stanley Gayetsky)は1927年2月2日、ペンシルヴェニア州フィラデルフィアに生まれました。13歳でサックスを始め、16歳でプロのバンドに参加。
スタン・ケントン、ジミー・ドーシー、ベニー・グッドマン等の楽団で活躍します。
1948年、ウディ・ハーマン楽団(Woody Herman & the Second Herd)の在籍中に録音した「アーリー・オータム」のソロで一躍名声を得ました。50年に独立した彼は、クール・ジャズを代表するテナー・サックス奏者と称えられ、ソロ・プレイヤーとして活躍の場を広げていきます。
一方、十代の頃から麻薬やアルコールに惑わされてきた彼は、1954年に事件を起こし服役するなど一時、表舞台から遠ざかります。その後はヨーロッパに数年間逃避。61年にアメリカにもどるや、当時ブラジルで生まれたばかりの音楽、ボサノヴァを採り入れた作品を録音。そして63年の作品、「ゲッツ/ジルベルト」は大ヒットを記録し、グラミー賞も受賞。その後も数々の話題のミュージシャンと共演を重ねるなど活躍を続けます。晩年は肝臓癌と戦いながら独自の演奏スタイルを貫き、誰もが認めるその音の美しさを追い求め続けましたが、1991年6月6日、64歳の生涯を終えました。