“信じるとは何か”を問う三部作のラスト。現代日本人のアイデンティティー、人間の根本について野田秀樹が直球勝負で現代に問う。キャストは、妻夫木聡、蒼井優ほか。
野田秀樹の長いキャリアの中でもここ数年は、きわめて充実した創作期を改めて迎えていることがわかる。
ただし、野田の「充実」は成熟ではなく、社会へ斬り込む角度が、むしろ一層、鋭くなること。2010年6月に幕を開けた『ザ・キャラクター』、9月の『表に出ろいっ!』、そして2011年2〜3月の『南へ』という流れを見れば、それははっきりわかる。1年足らずの間に3本と、怒涛の勢いで上演された書き下ろされた新作は、野田がどうしても問いかけたかった大きなテーマを共通して持っているからだ。それは「信じる」ことの功罪。本当にそれを信じていいのか。信じた結果、どうなったのか。その結果を放置したままでいいのか。野田が時代に感じているであろう危機感が、さまざまな形で作品に反映されている。
特にラストを飾った『南へ』は、いくつもの歴史的事実を交差させることで、観客の記憶や知識の奥底に沈んでいたものを、生々しく覚醒させた。無事山という山の噴火予測から始まるストーリーは、無責任な専門家、主義なきマスコミ、さらに拉致や戦争責任の問題まで編み込んで、縦横無尽に「信じること」「疑うこと」「裏切られること」を突きつける。
このハードな作品を多くの観客に届けることに大きく貢献したのは、やはり主演の妻夫木聡と蒼井優だろう。舞台出演はNODA・MAP『キル』(07年)のみという妻夫木だが、4年ぶり2度目の舞台とは思えない貫禄と柔軟性で、周囲の非常識な人々に振り回されながら、次第に自身の空洞を発見していくという難役を見事に演じ、作品の中枢を担った。また蒼井は、蜷川幸雄演出『オセロー』(07年)のデズデモーナ役で開眼したと言える舞台女優としての資質を、本作でも見事に発揮。一瞬ごとにテンションや声色を変える嘘つき女の役を伸び伸びと演じ、さらにはその身体性豊かな動きで観客を魅了した。
また、舞台巧者である渡辺いっけい、高田聖子、チョウソンハ、銀粉蝶らが、作品世界に瑞々しく血を通わせ、この話を絵空事に終わらせない。三部作第一弾の『ザ・キャラクター』は昨年度の読売演劇大賞を受賞したが、3月11日の震災後、さらに社会への斬り込みの意味を深めた『南へ』は、2011年の、そして野田秀樹の、特別な作品となることだろう。