監督が語る いりびと演出秘話
「すべて武田Pの無茶振りのお陰ですよ」
制作秘話から、撮影論、演技論まで。
バラエティ豊かなライター陣が、
「いりびと-異邦人-」鑑賞に“あらたな視点”を加えるリレーコラム。
第六回目は、監督 萩原健太郎氏からお届けします。
「メロドラマを作りたい。」WOWOW武田プロデューサーから、監督のオファーをいただいた時に言われた言葉だ。
その言葉が頭に妙にこびりついた状態で原作を読ませていただいた。読み終わって、僕は途方に暮れてしまった。「武田さん、、、これをどうメロドラマにすれば良いんですか!?」なんて、偉いプロデューサーを問い詰めるわけにも行かず、まずは徹底的にメロドラマ映画を観ることにした。
テレビドラマではなく、映画を観たのは、映画の方が監督の多様な演出表現が反映されているため、メロドラマの本質と出会えると思ったからだ。何本か映画を観ていくうちに、『メロドラマ』と『いりびと-異邦人-』の共通点が見えてきた。それは、女性の主人公が社会や男性の抑圧により言葉を失っていることだった。そして、これは一連のダグラス・サーク映画に顕著なのだが、抑圧された女性の感情を、撮影、照明、美術、衣装、そして音楽が代弁していることに気がついた。
だからメロドラマは過剰に美しいのだ。これを美しい京都の街を舞台にやり切ることが出来たら、全く新しいドラマが作れる。日本で上質なメロドラマを作ろう。そう決心した。そこから、全ての演出プランを練ることにした。
まずは菜穂の衣装。
過去(睡蓮)に囚われていた菜穂が樹と出会ったことで、使命を見つけて目を未来へと向けていく。それならば、菜穂の衣装も全話を通して、古いデザインのものから新しいデザインのものへと変化させていくのはどうか。さらにそれが洗練されていくように見えるのはどうか。色も淡い色から濃い色へと変化させていくことで、菜穂が強い女性へと変貌していく姿を表現した。三話のラストカットでは菜穂自身を水辺に浮かぶ睡蓮と重ねたくて白いワンピースにした。
次に映像のトーン。
これは四季が巡る話でもあるので、各話にテーマカラーを設けることにした。そこに菜穂の心情を重ねてはどうか。
一話は春の話なので淡い桜色をテーマに、二話は新緑の話なので淡い緑をテーマに、三話は夏の話だが菜穂が怒りを秘め出すので、冷たい夏として描きたくて青をテーマに、四話は紅葉が色づく秋の話だし、菜穂の怒りが表に噴出するので赤をテーマに、そして最終話は調和をテーマにした。映像の色味を決めるLUT※、レンズフィルターのテストなど、撮影の日下さんと試行錯誤して作っていった。
※LUT(Look Up Table):撮影した映像の見た目や色を変える変換式のようなもの。異なる出力装置でも色を統一させ、撮影した映像の好ましい色を再現し、映像のもつ潜在力を引き出し、映像美を最大限に発揮する技術。
次に音楽。
作品全体のトーンを左右することにもなるので、誰に頼むかとても悩んだ。一つ決めていたことは、京都という街が古い街に見えないようにすること。どうしたら新しい見え方の、今の時代の京都を表現出来るか。
そこで、僕がいつもCMで音楽制作をお願いしているドイツの音楽プロダクション・Audio Forceのプロデューサー・Thomasを頼ることにした。京都を訪れたことのないドイツの方がどう京都を表現するのか?新しいものが生まれない訳がない。想像するだけでワクワクした。
普通日本のドラマの場合、全話共通で曲を何十曲が作ってもらって、それを適当な箇所に貼っていくというやり方が主流なのだが、今回は映画と同じやり方をした。つまり全話、シーンに合わせて曲を作ってもらったのだ。だから、よく聞いていただくと、同じ菜穂のテーマや照山のテーマでも、各話によってアレンジが変わっている。菜穂が洗練されていくにつれ、曲も美しく変化していく。
最後に演出。
自分の言葉を持ちながら“言わない”という選択をしている菜穂の感情をどう視聴者に伝えるか??(“言えない”のではなく“言わない”)
ただそのままだと菜穂が感情のない、嫌な女に見えてしまう。そこで京都入りする前に観させていただいた高畑さん主演のミュージカル『ウェイトレス』での高畑さんの姿を思い出した。とにかくちょっとした所作が美しいのだ。足の角度、指の動き、瞬きのタイミング。舞台だと分かりづらいが映像だとそこにクロースアップ出来るので、より伝わるのではないか。だとしたら、菜穂のちょっとした仕草で本当の感情を伝えようと思った。高畑さんに相談したところ見事なまでにやり切ってくれました。とにかく美しいの一言。
視聴者の皆さまには、ぜひそういう点を踏まえて観ていただけると、新しい楽しみ方が出来るかもしれません。
監督 萩原健太郎