東映京都撮影所プロデューサーが語る制作秘話
「町工場から生まれたアートミステリー」
制作秘話から、撮影論、演技論まで。
バラエティ豊かなライター陣が、
「いりびと-異邦人-」鑑賞に“あらたな視点”を加えるリレーコラム。
第三回目は、京都の撮影現場を支えたプロデューサー・
森井敦氏からお届けします。
私は今、東映京都撮影所のデスクでこのコラムを書いている。窓からは駐車場が一望でき、スタッフが行きかい、バスやトラックがロケに出発し、美術の飾りを積んだ軽トラがセットに入って行く。この光景を見てもう三十年余りだ。私はこの東映京都撮影所にドラマを作る為の“人とモノと知恵がある”と信じて止まない。そしてここは間違いなく“ネジ工場”であるとも思っている。このネジ工場は発注者の欲するものを高品質に、決められた納期で納品出来る町工場なのである。
“人とモノと知恵”
「連続ドラマW いりびと-異邦人-」のお話を頂いてからもう二年が過ぎようとしている。当初は原田マハ原作、多くの絵画を要したアートの表現を、時代劇や刑事ドラマをベースにしているこの東映京都で上手く表現出来るのであろうかと不安もあった。頼りになるのは “人とモノと知恵” しかない。
先ずは人。
最初はドラマのテーマでもある美しい京都の四季と絵画を映し撮ってくれる技術陣(カメラマン、照明技師)の選出から始まった。いくら良い機材を使っても大事なのはそれを扱う人である。彼らに「今までの東映の既成概念を脱ぎ捨てて新しいスタイルで仕事をして欲しい」と。
次に美術デザイナーである。企画書を読ませて頂いて第一印象として女性テイストなドラマだと直感的に感じたのである。京都を表現する為のしなやかさ、繊細さが必要ではないかと考え女性のデザイナーを起用。二話から登場する梶芽衣子さん演じる京都の書道家・鷹野せん宅の京都らしいしなやかなセット、SUMIREさん演じる樹のアトリエの繊細な飾り。
最後に撮影クルーの要として包容力のある演出部を。これはWOWOWの一室で私が初めて萩原健太郎監督と出会い打合せを行った時の第一印象だが、正直で真っ直ぐ前を向いている、そして少しシャイな人だなと。そのシャイな監督が東京から一人でこの東映京都に来てくれる。私はこの人を“異邦人(いりびと)”にしてはいけないと深く感じたのだ。
これは私の撮影哲学なのですが、良い作品を作る為には良いクルーを作る。良いクルーを作るとは、仕事が出来るスタッフを募るだけでは無く、豊かな人間性を持った人を集めること。それが良い空気を作り、良い作品に繋がると信じている。
そしてモノ。
美しい京都を映し出せるロケ地である。見た目が美しいだけではなく、心の京都をも映し出してくれるロケ地を探すことに専念しました。
さらに今回何枚かのオリジナルの絵画が出て参りますが完成された一枚の絵だけがあってもこのドラマは成立しない。登場して来る画家たちは絵を描きます。つまりその途中経過の絵が必要になってくるのである。それをどう整えて行くか。オリジナルの絵を描いて頂いた画家さんに途中経過の絵を何枚も描いて頂く時間と予算も無い。
そこで知恵。
途中経過の絵が必要ならば、完成された絵をアートプリンターでスキャンし、その後要らない部分を消去。その境界線を最小限だけオリジナルの画家さんに復元して貰い、残ったベース部分に撮影本番で演者さんに描いて貰う。これで画家が絵を描いているシーンが撮れる訳です。これは我々が今まで培ってきた経験から出来上がったもの。
視聴者の皆様もこういった事を踏まえて観て頂くと、また違った視点からこのドラマが観られるのではないでしょうか。
今回も“人とモノと知恵”の重要性をつくづく考えさせられた作品になりました。
最後に私の拘った事と印象に残っているシーンを述べましょう。
シナリオの初稿を読み感じたのは、“心の京都”というものがまだ描かれていないということ。脚本家の関久代さんには、それを描く為にもう一歩踏み込んで頂きたいと思いました。ここで重要なのは、京都の美しい場所を知る・見るだけではなく、京都で生活している人々と会話をすること。WOWOWのプロデューサーと話し、脚本家に京都にシナハン(シナリオ・ハンティング)に来て貰うことにしました。
シナハン中、鷹野家の所在地として設定した吉田山での関さんとの会話を私は今でもよく憶えております。「坂が多く、不便な場所であっても、東の山を見れば大文字が見える。季節によって木々の色が変わって行くのを感じ、この気持ちのいい風を感じる。おそらくここに住まれている方々はそれが幸せだと感じているのではないでしょうか。」
その後上がって来たシナリオ改訂にはそれがきちんと反映されていました。第二話で高畑充希さん演じる主人公の篁菜穂が鷹野家を訪れ、家政婦さんに案内されて二人で座敷から大文字を眺める短いシーンです。ふたりは何も言わずただ大文字の山を眺めているだけ。
短いシーンながら私は大好きだ。そしてこう想うのです。本当の心の豊かさとはこういう事ではないでしょうか。
今回の「連続ドラマW いりびと-異邦人-」は高いレベルのアートミステリーでありながら、このようなほんの少しの心の豊かさをも描き出した作品に仕上がっています。
視聴者の皆さまにもこのような心の豊かさが少しでも伝わることを願うと同時に、本作が東映京都撮影所という我が町工場から生まれたことを、私は誇りに思います。
東映京都撮影所 プロデューサー 森井敦