原作本編集者が語る
「小説・いりびと」と「ドラマ・いりびと」
制作秘話から、撮影論、演技論まで。
バラエティ豊かなライター陣が、
「いりびと-異邦人-」鑑賞に“あらたな視点”を加えるリレーコラム。
第二回目は、原作本編集者の兼田将成氏からお届けします。
「連続ドラマW いりびと-異邦人-」の原作者である原田マハさんは、二〇〇六年に『カフーを待ちわびて』で、第一回『日本ラブストーリー大賞』大賞を受賞され、デビューされました。同作はベストセラーとなり、映画化もされましたので、ご記憶の方もいらっしゃるのではないでしょうか。
原田さんと私の出会いは、東京・丸の内で行なわれた、同作の刊行記念サイン会でした。このサイン会をご縁に、私どもとの仕事が始まりました。
デビュー以来、原田作品には、「向かい風のほうが、高く遠くまで飛べる」と言わんばかりに、どんな困難や逆境にも負けない女性たちの姿がありました。そんな彼女たちに明日への勇気を得た読者の方も多いと思います。そして、一連の原田作品の転機となったのは、二〇一二年の『楽園のカンヴァス』ではないでしょうか。原田さんは、作家になられる前、ニューヨーク近代美術館等でキュレーターを務められていたように、アートに関する造詣もたいへん深い方です。構想三〇年と原田さんがおっしゃるほど、満を持して刊行された同作は、アート・ミステリーの傑作と評され、以来アート小説の第一人者としてのご活躍をつづけておられます。そして原田さんにとって、この『異邦人(いりびと)』が、もう一つの転機であったと思います。
弊社からは、まず仕事や恋に悩む女性たちにエールを贈る『独立記念日』という作品を上梓いただきました。そして「次の連載は、何を?」と、原田さんに水を向けましたところ「京都にある純喫茶を営むマスターと、そこに集う人々の人情物語はどう?」とお話をいただき、すぐに、京都の喫茶店をめぐる取材が始まりました。しかし、連載第一回の玉稿が届いて驚きました。そこに書かれていたタイトルは、『異邦人』。玉稿を拝読すると、当初の構想とは全く異なる作品になっていました。ただ、その匂い立つような美しい一文から始まる作品を、夢中で読み終えたことを覚えています。
「取材を進めるうちに、京都という街の奥深さに触れ、京都を描くには、相当の覚悟を持って臨まなくてはならない。本作は私自身の新たな挑戦でもあります。『独立記念日』が“白マハ”なら、『異邦人』は“黒マハ”です」と原田さんは話してくださいました。原田さんのおっしゃる、“白マハ”は、前向きに読者を励ます作品、“黒マハ”は業や欲といった人間の闇の部分に踏み込む作品、と私は捉えています。
こうして生まれた『異邦人』は、見事、第六回京都本大賞を受賞することができました。原田さんの「覚悟」が、受賞という形で受け入れられた証左ではないかと思っています。
『異邦人』は、京都を舞台に、主人公の篁菜穂と、夫・一輝の視点が各章ごとに入れ替わる構成になっています。また和洋問わず多くの絵画や美術品が登場し、京都の移ろう四季や風物が作品背景に巧みに織り込まれながら、物語は進んでいきます。こうした作品は映像化が難しいのか、刊行後、オファーは多々あったものの、実現までには至りませんでした。そんな中、WOWOWさんから本作をドラマにしたいというお話が届きました。世界中がコロナ禍に苛まれている時期とも重なっていましたので、正直、今回も難しいのではないか、と思ったのが当時の率直な感想です。
しかし、WOWOWさんはじめ、撮影スタッフの皆様の熱意や、原田さんが得られた京都の方々とのご縁で、このドラマは無事完成に至りました。
第一話を拝見して、先に書いた私の懸念は見事にクリアされ、俳優とともに映る京都の山々や街並は、まさにアート小説が原作であることに相応しく、ワンシーン、ワンシーンが絵画のように美しい場面ばかりでした。
私見ですが、いい小説は、文字になっていない部分、言わば「行間」を読ませる力があると思います。この「行間」を、映像に置き換えると何だろうと、門外漢の私が考えますと、台詞以外の部分ではないかと思うのです。音と映像のみで表現されるシーン、俳優さんの台詞を発する前後の口元や、目の動き……、こうした部分に映像の「行間」があるのではないでしょうか。
ドラマを拝見した私は、その映像の「行間」に何度も圧倒されました。例えば、風間俊介さん演じる、篁一輝が京都駅から降りてくる場面が第一話の中で二度あります。いずれも台詞は発しません。しかし一度目と二度目では彼の中で、大きな心情の変化があり、それが見事に伝わる表現がされていました。ぜひ、視聴者の皆様もこうした台詞のないシーンなどにも注目いただきながら、ドラマを楽しんでいただけたらと思います。
PHP研究所 文化事業部 文藝課 副編集長 兼田将成