「怪物」がアメリカ初上陸
挑戦者のリーチと右ストレートを警戒
24歳の若さながらすでに数々の記録と記憶を残している井上尚弥(大橋)が、プロ14戦目にして初の海外リングに上がる。以前からアメリカ進出を希望していた井上だが、現地のプロモーターの要請を受けて異国で戦うことになったのだ。そこに今回の試合の価値と意義があるといえる。
井上は高校時代にインターハイや選抜大会のほか全日本選手権、インドネシアのプレジデント・カップも制するなど輝かしい実績を残した。アマ戦績は81戦75勝(48KO)6敗というみごとなものだ。12年10月に19歳でプロデビューし、4戦目には田口良一(ワタナベ=現WBA世界ライト・フライ級王者)を10回判定で下して日本ライト・フライ級王座についた。続く5戦目には東洋太平洋王座を手にした。14年4月、32戦のキャリアを持つアドリアン・エルナンデス(メキシコ)を6回TKOで下してWBC世界ライト・フライ級王座を獲得。これは当時の世界王座獲得の日本最速記録だった。ただし、これは序章にすぎなかった。その8ヵ月後、井上は王座を返上して一気に2階級上げてWBO世界スーパー・フライ級王座に挑戦。王者のオマール・ナルバエス(アルゼンチン)はフライ級で16度、スーパー・フライ級で11度の防衛を記録していた技巧派サウスポーだが、井上は初回に2度のダウンを奪い、2回には左フックで技ありのダウンを追加、最後は左のボディブローで歴戦の雄を悶絶させた。のちに5階級制覇を成し遂げるノニト・ドネア(フィリピン)の強打をブロックし続けたナルバエスが、いとも簡単に倒されたことが信じられなかった敗者陣営が「グローブに何か入れていたに違いない」と言って新王者のグローブをチェックしたエピソードが残っている。それほど衝撃的なKO劇だった。井上本人は「怪物」というニックネームを好んでいなかったが、これを機にその存在は世界的に広く知られるところとなった。
ナルバエス戦のKO勝ちと引き換えに右拳を痛めた井上は1年のブランクをつくることになったが、15年12月に戦線復帰。初防衛戦を2回TKOで飾ると、判定まで粘られたV2戦を挟んで10回KO、6回TKO、3回KOで5度の防衛を重ねている。特に直近のリカルド・ロドリゲス(アメリカ)戦では途中で左構えに変える器用な一面もみせたうえ、左ジャブ、右ストレート、決め手となった左フックなどが冴え渡った。そんな飛ぶ鳥を落とす勢いの24歳に不安要素があるとすれば、大きくなってきた体と過去に痛めたことのある拳ということになろう。特に今回は慣れない異国での試合ということで、体調管理が大きなカギといえる。
挑戦者のアントニオ・ニエベス(30=アメリカ)はゴールデングローブ大会で準優勝するなど全米レベルで活躍したあと11年11月にプロデビュー。以後、6年間で20戦17勝(9KO)1敗2分という戦績を残している。WBOの下部組織、NABO北米バンタム級王座を昨年6月に獲得したが、今年3月にニコライ・ポタポフ(ロシア)に惜敗して失った。これがプロで唯一の黒星だ。このプエルトリコ系アメリカ人を映像でチェックした井上は「左ジャブとワンツーを主体とした選手。踏み込んで打ってくる右ストレートは力強さがある」と分析している。そして「前半はスピードがあるが、後半には落ちるという弱点も見えている」と加えている。
たしかにニエベスのスピード、左ジャブ、遠くから放つ右ストレートは警戒すべきだが、井上を戸惑わせるほどのものとは思えない。順当ならば井上がスピーディーで正確な左ジャブで早々から相手をコントロールし、距離やタイミングを把握したうえで右ストレートや左フックに繋げていくものと思われる。ベストのコンディションでリングに上がることが大前提になるが、井上が前半から中盤にかけてKO防衛を果たすと予想する。
Written by ボクシングライター原功
TALE OF THE TAPE
井上 | ニエベス | |
生年月日/年齢 | 1993年4月10日/24歳 | 1987年5月25日/30歳 |
出身地 | 神奈川県座間市 | 米国オハイオ州クリーブランド |
アマチュア戦績 | 81戦75勝(48KO)6敗 | |
アマチュア実績 | 11年プレジデント杯優勝 | 11年全米GG大会準優勝 |
プロデビュー | 12年10月(4回KO勝ち) | 11年11月(4回判定勝ち) |
獲得王座 | WBC世界ライト・フライ級 WBO世界スーパー・フライ級 |
NABO北米バンタム級王座 |
戦績 | 13戦全勝(11KO) | 20戦17勝(9KO)1敗2分 |
KO率 | 約85% | 45% |
身長/リーチ | 164センチ/171センチ | 163センチ/174センチ |
戦闘タイプ | 右ボクサーファイター型 | 右ボクサーファイター型 |
ニックネーム | 「モンスター」 | CARITA |
スーパー・フライ級トップ戦線の現状
WBA :カリド・ヤファイ(イギリス)
WBC :シーサケット・ソールンビサイ(タイ)
IBF :ジェルウィン・アンカハス(フィリピン)
WBO :井上尚弥(大橋)
このクラスはミドル級やスーパー・フェザー級などとともに最もホットな階級のひとつといえる。WBA王者のカリド・ヤファイ(28=イギリス)は08年北京五輪に出場した実績を持つ技巧派で、プロでは22戦全勝(14KO)をマークしている。WBC王者のシーサケット・ソールンビサイ(30=タイ)はサウスポーのファイターで、48戦43勝(39KO)4敗1分と高いKO率(81%)を誇る。IBF王者のジェルウィン・アンカハス(25=フィリピン)もサウスポーで、2ヵ月前に帝里木下(31=千里馬神戸)を7回TKOで一蹴して地力を見せつけた。こうした3王者をしのぐ実力
の持ち主と評価されているのがWBO王者の井上尚弥(24=大橋)だ。すでに5度の防衛を重ねており、在位も4人のなかでは最長(2年8ヵ月)となっている。近い将来、バンタム級転向も視野に入れており、今後の成否のカギはコンディション調整にあるといえそうだ。
その井上と肩を並べる実力者が前WBC王者のローマン・ゴンサレス(30=ニカラグア)だ。サイズ不足と歴戦の疲労が気になるところだが、総合力は極めて高い。シーサケットに雪辱を果たして返り咲けば、井上との対決の機運が高まる可能性もある。
2代前のWBC王者、カルロス・クアドラス(29=メキシコ)も王座復帰を狙っている。試合によって出来にむらがあるが、足もつかえる機動力のある強打者だ。そのクアドラスとWBCの挑戦権を争う元WBA、WBO世界フライ級王者のファン・フランシスコ・エストラーダ(27=メキシコ)も王者級の力を持った選手だ。ライト・フライ級時代はゴンサレスに善戦しており、階級を変えて雪辱の機会を狙っている。
このほかイギリスの期待を背負っているジェイミー・コンラン(30)や香港で絶大な人気を誇るレックス・ツォー(30)、石田匠(25=井岡)などが上位にランクされている。
返り討ち狙うシーサケット 雪辱期すゴンサレス
今回も序盤から打撃戦は必至
両者は今年3月、今回とは逆の立場でニューヨークで対戦し、初回に幸運なダウンを奪ったシーサケット・ソールンビサイ(30=タイ)が中盤から終盤にかけてジャッジの支持を取りつけ、僅差の判定勝ちを収めて新王者になった。しかし、ローマン・ゴンサレス(30=ニカラグア)本人はもちろんのこと試合を見た多くのファンや関係者から採点に疑問の声が投げかけられ、それを受けて異例のダイレクト・リマッチが認められた経緯がある。6ヵ月の間をおいて実現する再戦だが、「総合力で勝るゴンサレスが今度は圧勝する」という見方がある一方、「前回のような乱戦になり再びシーサケットが勝つのでは」という予想もある。
シーサケットは09年のデビュー戦で、のちの世界3階級制覇王者、八重樫東(大橋)に3回TKO負けを喫するなど最初の5戦は1勝3敗1分と散々だったが、以後の43戦は42勝(38KO)1敗と“大変身”。その勢いを駆ってゴンサレスにも勝ったわけだ。その試合で判定に関して疑問の声が挙がったのは事実だが、それがシーサケットの実力を否定することには繋がらない。このサウスポーのファイターは積極的に距離を潰して接近戦に持ち込み、執拗に上下を攻めてKOの山を築いてきた。4年前、佐藤洋太(協栄)を8回TKOで破って最初にWBC王座を獲得した試合などは、その典型パターンといえる。
一方のゴンサレスは回転の速いコンビネーションを上下に打ち分ける万能型のファイターで、12回をフルに7度戦いきるなどスタミナもある。08年にミニマム級、10年にライト・フライ級、14年にフライ級、16年にスーパー・フライ級と4つのクラスで世界一の座についており、経験値もひと際高い。半年前まではボクサーの総合評価ランキング、パウンド・フォー・パウンドの1位に推されていたほどだ。ただ、現在の階級に上げてからは2試合とも顔面をカットしたうえ厳しい戦いを強いられており、歴戦疲労とダメージを心配する声もある。
ともに前戦で相手の手の内は知っており、今回も主導権を握るために早い段階から仕掛けて出るものと思われる。6ヵ月前の初戦ではいきなり不運なダウンを喫したゴンサレスだが、今回は慎重かつ巧みに圧力をかけて出るはずだ。これを受けて王者が後退するようだとベルトはゴンサレスの手に戻ることになりそうだ。逆にサウスポーのシーサケットが変則的な動きで前王者を惑わせ、さらに左を直撃するような展開に持ち込むようならばゴンサレスは前回以上の苦戦を覚悟せねばなるまい。
Written by ボクシングライター原功
TALE OF THE TAPE
シーサケット | ゴンサレス | |
生年月日/年齢 | 1986年12月8日/30歳 | 1987年6月17日/30歳 |
出身地 | タイ | ニカラグア |
アマチュア戦績 | 89戦88勝1敗 | |
プロデビュー | 09年3月(3回TKO負け) | 05年7月(2回KO勝ち) |
獲得王座 | WBC世界スーパー・フライ級 | WBA世界ミニマム級 WBA世界ライト・フライ級 WBC世界フライ級 WBC世界スーパー・フライ級 |
戦績 | 48戦43勝(39KO)4敗1分 | 47戦46勝(38KO)1敗 |
KO率 | 約81% | 約81% |
身長/リーチ | 160センチ/161センチ | 160センチ/163センチ |
戦闘タイプ | 左ファイター型 | 右ボクサーファイター型 |
ニックネーム | 「チョコラティート」 |