安定感増したV11王者 VS 雪辱と戴冠を狙う不惑のサウスポー
再びクリチコの大砲が炸裂か
06年4月に2度目の戴冠を果たしてから6年。クリチコの政権はまったく危なげなく継続中だ。08年にはWBO王座をコレクションに加え、昨夏には「最後のライバル」と目されたデビッド・ヘイ(イギリス)に何もさせずにWBA王座を吸収。いまでは3団体統一王者としてボクシング界の頂点に君臨している。最も保持期間の長いIBF王座はこれが12度目の防衛戦となる。
クリチコの最大の特徴は200センチの長身と206センチのリーチを生かしたロングレンジからの攻撃にある。ストレートの威力を持つ左ジャブで牽制し、好機に右ストレートを放つ勝利の方程式ができ上がっている。以前は相手が突き進んでくると慌てて後退するなど守りの面で脆さを露呈したものだが、近年は巧みに回り込んだり足をつかうなどして間合いを外すなど技術面でも格段に進歩。3月で36歳になったが、スタミナも問題はない。2000年から04年までの世界戦8試合(ふたつの敗戦試合も含む)は平均6ラウンド超で決着がついていたが、2次政権では12試合中、2度の判定勝負を含め計99ラウンドを戦っている。決着に要したラウンドは平均8ラウンド超と長丁場も苦にしなくなったことがデータからも分かる。
一方、挑戦者のトンプソンも身長196センチ、リーチ207センチと大柄だ。クリチコと決定的に異なるのはサウスポーである点だ。アンソニー・タイロン・トンプソンというフルネームから韻を踏んで「タイガー」というニックネームがつけられたと思われるが、戦いぶりは異名ほど獰猛ではない。細かく右ジャブを突いて距離をとり、足をつかって角度を計りながら左ストレートに繋げるボクシングを身上としている。
パワーよりもテクニック重視のボクシングといっていいかもしれない。
この両者は08年7月、ドイツのハンブルグで対戦している。クリチコのIBF王座5度目、WBO王座の初防衛戦だった。結果は王者の11回KO勝ち。それより5年前にクリチコのスパーリング・パートナーを務めたこともあったトンプソンは、劣勢のなか折々に抵抗をみせていたが、最後はワンツーを浴びて長々と伸びてしまった。
こうして一度は決着がついたカードだけに、クリチコの圧倒的有利は動かしがたい。手の内が分かっているだけに、前回よりも早いラウンドで返り討ちにするとみるのが常識的な線だろう。しかし、決して打たれ強くはないクリチコだけに、突然の崩壊が訪れる可能性もある。トンプソンが5連続KO勝ちと好調なだけに、番狂わせの目もあり得る。クリチコの右ストレート、トンプソンの左ストレートに注目だ。
折しもアメリカのヘビー級勢は世界挑戦16連敗中でもある。不惑のサウスポーの奮起に期待したい。
Written by ボクシングライター原功
ウラディミール・クリチコ 全世界戦
00.10 | クリス・バード | ○ | 12回判定 | ※WBO世界ヘビー級王座獲得 |
01. 3 | デリック・ジェファーソン | ○ | 2回TKO | 防衛(1) |
01. 8 | チャールズ・シュフォード | ○ | 6回TKO | 防衛(2) |
02. 3 | フランソワ・ボタ | ○ | 8回TKO | 防衛(3) |
02. 6 | レイ・マーサー | ○ | 6回TKO | 防衛(4) |
02.12 | ジャミール・マクライン | ○ | 10回終了TKO | 防衛(5) |
03. 3 | コーリー・サンダース | ● | 2回TKO | ※WBO王座失う |
04. 4 | レイモン・ブリュスター | ● | 5回TKO | ※WBO王座決定戦 |
06. 4 | クリス・バード | ○ | 7回TKO | ※IBF王座獲得 |
06.11 | カルビン・ブロック | ○ | 7回TKO | 防衛(1) |
07. 3 | レイ・オースチン | ○ | 2回KO | 防衛(2) |
07. 7 | レイモン・ブリュスター | ○ | 6回終了TKO | 防衛(3) |
08. 2 | スルタン・イブラギモフ | ○ | 12回判定 | ※WBO王座獲得(4) |
08. 7 | トニー・トンプソン | ○ | 11回KO | 防衛(5) |
08.12 | ハシム・ラクマン | ○ | 7回TKO | 防衛(6) |
09. 6 | ルスラン・チャガエフ | ○ | 9回終了TKO | 防衛(7) |
10. 3 | エディ・チャンバース | ○ | 12回KO | 防衛(8) |
10. 9 | サミュエル・ピーター | ○ | 10回KO | 防衛(9) |
11. 7 | デビッド・ヘイ | ○ | 12回判定 | ※WBA王座獲得(10) |
12. 3 | ジャン・M・モルメク | ○ | 4回KO | 防衛(11) |
※世界戦の戦績=20戦18勝(15KO)2敗
TALE OF THE TAPE
ウラディミール・クリチコ | トニー・トンプソン | |
---|---|---|
1976年3月25日/36歳 | 生年月日 | 1971年10月18日/40歳 |
カザフスタン | 出身地 | アメリカ メリーランド州 |
ウクライナ | 国籍 | アメリカ |
96年アトランタ五輪SH級金 (134勝65KO・RSC6敗) |
アマチュア実績 | 不明 |
96年11月 | プロデビュー | 2000年1月 |
WBA世界ヘビー級 IBF世界ヘビー級(V11中) WBO世界ヘビー級(V7中) |
獲得王座 | WBC米大陸ヘビー級 WBOインターコンチネンタル・ヘビー級 |
200センチ/206センチ | 身長/リーチ | 196センチ/207センチ |
右ボクサーファイター型 | タイプ | 左ボクサーファイター型 |
60戦57勝(50KO)3敗 | 戦績 | 38戦36勝(24KO)2敗 |
約83パーセント | KO率 | 約63パーセント |
ヘビー級アメリカ勢 世界挑戦16連敗
06.10 | モンテ・バレット | ● | 11回TKO | ワルーエフ |
06.11 | カルビン・ブロック | ● | 7回TKO | W・クリチコ |
07. 1 | ジャミール・マクライン | ● | 3回終了TKO | ワルーエフ |
07. 3 | レイ・オースチン | ● | 2回TKO | W・クリチコ |
07. 7 | レイモン・ブリュースター | ● | 6回終了TKO | W・クリチコ |
07.10 | ジャミール・マクライン | ● | 12回判定 | ピーター |
08. 7 | トニー・トンプソン | ● | 11回TKO | W・クリチコ |
08. 8 | ジョン・ルイス | ● | 12回判定 | ワルーエフ |
08.12 | ハシム・ラクマン | ● | 7回TKO | W・クリチコ |
08.12 | E・ホリフィールド | ● | 12回判定 | ワルーエフ |
09. 9 | クリス・アレオーラ | ● | 10回終了TKO | V・クリチコ |
09.12 | ケビン・ジョンソン | ● | 12回判定 | V・クリチコ |
10. 3 | エディ・チャンバース | ● | 12回TKO | W・クリチコ |
10. 4 | ジョン・ルイス | ● | 9回TKO | D・ヘイ |
10.10 | シャノン・ブリッグス | ● | 12回判定 | V・クリチコ |
11.12 | セドリック・ボスウェル | ● | 8回KO | ポベトキン |
※世界戦の戦績=20戦18勝(15KO)2敗
ビタリ・クリチコ
ヘビー級トップ戦線の現状
WBAスーパー :ウラディミール・クリチコ(ウクライナ)
WBA :アレクサンデル・ポベトキン(ロシア)
WBC :ビタリ・クリチコ(ウクライナ)
IBF :ウラディミール・クリチコ(ウクライナ)
WBO :ウラディミール・クリチコ(ウクライナ)
相変わらずビタリ&ウラディミールのクリチコ兄弟の天下が続いている。過去に同時期に王座を保持していた兄弟はファン・マヌエル&ラファエルのマルケス兄弟ら数組いたが、3年半以上の並走は史上最長だ。
兄ビタリは今夏で41歳になることもあり、9月のマヌエル・チャー(ドイツ)との防衛戦を最後にグローブを壁に吊るす可能性が高まっている。10月の選挙に出馬する予定と伝えられる。ウラディミールとしても今回のトンプソン戦で兄の露払いを務めたいところだ。
頭三つほど抜きん出たクリチコ兄弟とは対照的に、WBAのレギュラー王者アレクサンデル・ポベトキン(ロシア)は多くのランカー陣の標的にされている。次戦では元王者ハシム・ラクマン(アメリカ)を迎えるが、ここはスピードとテクニックで乗り切るか。
クリス・アレオーラ(アメリカ)、トマス・アダメク(ポーランド)といった硬軟実力者も面白い存在だが、それ以上にロバート・エレニアス(フィンランド)、タイソン・フューリー(イギリス)ら若手の台頭に期待が集まる。アメリカ勢ではフットボールから転向したセス・ミッチェル、北京五輪銅でプロでは23戦全KO勝ちのデオンテイ・ワイルダーに注目だ。